横浜市都筑区で本物のベルリンの壁を発見!ドイツ学園で展示されている理由


横浜市都筑区の仲町台にある東京横浜独逸学園では、4月8日はフリーマーケットということで外部の方も入って楽しむことができました。
その際、本物のベルリンの壁を見ることができたのでお伝えします。


ドイツ学園のベルリンの壁とは

ベルリンの壁とは

崩壊したニュースはリアルタイムで観てたものの、なぜ生まれたか?なぜ崩壊したか?を知っている人は少ないのではないでしょうか。
私も知らなかったので、少しまとめてみました。
ベルリンの壁は、第二次大戦後に東西に分割された敗戦国ドイツの首都ベルリンで、東ドイツによって、1961年夏に突然西ベルリンの周囲を取り囲む形で建設された壁である。
1949年に東西ドイツが成立し、東西間の国境が閉鎖されたが唯一ベルリンでは東西の往来が自由であった。そして東ドイツの人々は西ベルリンから西ドイツへ逃れていた。しかし相次ぐ西側への人口流出が東ドイツに深刻な影響を及ぼしたことから、1961年8月13日に突然東ドイツが東西ベルリン間の通行を全て遮断し、西ベルリンの周囲を全て有刺鉄線で隔離して、後にコンクリートの壁を作った。西ベルリンを東ドイツから隔離して西ベルリンを封鎖する壁であったが、実質的には東ドイツを外界から遮断し自国の体制を守る壁であったのが「ベルリンの壁」である。
このベルリンの壁はドイツ分断の象徴であり、かつ東西冷戦の象徴でもあった。そして1989年秋の東欧革命に伴う東ドイツ国内の混乱の中、同年11月9日に東ドイツ政府の不用意な発表から、その日の夜に壁の前に多くの東ベルリン市民が押しかけて国境検問所のゲートが開き、数万人の市民が西ベルリンに入った。これを「ベルリンの壁崩壊」と呼ぶ。
wikiペディアより抜粋
東ドイツ政府が、国外への出国規制を緩和するための新しい政令案を発表したことをきっかけとして、市民が壁を壊してしまったということでした。

都筑区にベルリンの壁がある理由

都筑区に本社があるAOKIホールディングスが購入し美術品として保管していたものを、ドイツ学園に寄贈したとのことです。
調べていると、以下のニュースがありましたのでご紹介します。

※AOKIホールディングスは都筑ふれあいの丘にありますが、センター南のアニヴェルセルヒルズ横浜(旧 パルティーレ横浜)も実はAOKIです。
都筑区内に本社を構える(株)AOKIホールディングスは18日、東京横浜独逸学園(茅ケ崎南)にベルリンの壁の一部を寄贈した。
 89年、東西冷戦の象徴でもあったベルリンの壁が崩壊した。今回寄贈されたのはその数年後に同社が購入し保管していたもの。日独友好を願って寄贈することとなり、両ドイツ政府が同盟条約を調印した日と同じ今月18日に贈呈式を行った。
 青木寶久代表取締役副会長は「これが親善と友好の証となれば」とあいさつ。寄贈に尽力した区商連の栗林一夫会長とともに、デトレフ・フェヒナー学園長から感謝状を贈られた。
 また、畑澤健一都筑区長やオーストリア大使館のベルンハルド・ツィムブルグ大使、スイス大使館のペーター・ネルソン公使、ドイツ大使館のローベルト・フォン・リムシャ公使もかけつけ、ベルリンの壁贈呈式を見守った。
http://www.townnews.co.jp/0104/2016/05/26/333335.html

本物のベルリンの壁

上記のニュースの通り2016年5月18日にドイツ学園に寄贈されました。

ドイツ学園は、外部の人が入ることができるのは年2回。昨年の10月に開催されたオクトーバーフェスの際もあったようですが、気づきませんでした。

今回のフリーマーケットが2回目のお披露目の機会だったということになります。
本物のベルリンの壁ですが、生々しかったです。
落書きされており、破壊された感もあり、少し異様な雰囲気を感じました。

さいごに

ベルリンの壁の崩壊は1989年です。
ちょうど平成元年の年となり、29年目を迎えるということになります。

冷戦と言われた当時の面影もなく観光地としても人気のあるドイツを見ていると、東西の対立が本当にあったかわからなくなりますが、改めて忘れないようにしたいと思います。